ヴォーカル・アルバム11選

カーリー・サイモン/トーチ

カーリー・サイモン1981年、入魂の作品。
仲睦まじく見えたジェームス・テイラーとの夫婦生活にピリオドを打ち、傷心の内にレコーディングされたというのは有名な話だが、そんな心理状態を見事に歌に転化したといえる作品だ。トーチとは我々日本人には耳慣れない言葉だが、失恋とか片思いとかを意味する言葉だそうで、その昔はそういう歌を専門に歌う歌手がいて、そういう歌をトーチ・ソングと言ったそうだ。
全編に流れるシットリ感は大人の雰囲気タップリで、カーリーの見事な歌唱と相まってヴォーカル・アルバムの傑作と呼んでいい作品だと思う。余談だが日本のシンガー、竹内まりやの作品「元気を出して」は竹内まりやがカーリーを励ますために作った歌だ。
リンダ・ロンシュタット/ホワッツ・ニュー

カントリー系ポップ・シンガーの代表とも目されたリンダがキャリアの進歩と共に、よりトータルなポップ・シンガーへと衣替えをして、さらにジャズの世界へ進化を遂げた第1作目で1983年作品。
この作品誕生には先に紹介したカーリー・サイモンの「トーチ」が大きく関係しているらしい。リンダが新しい企画を進めていた時にカーリーの「トーチ」を聞いて大いに驚愕し「私もうダメ!」と言ったかどうかは知らないが、いずれにしても大きな衝撃を受けたのは確かなようで、それまで進めていた企画を白紙に戻して、本作の誕生に至ったらしい。そんな経緯を持つ本作だが、内容はしっかり素晴らしい。ネルソン・リドル指揮・アレンジの豪華にして流麗なオーケストレーションはリンダの歌唱を一層引き立てている。ピーター・アッシャーのプロデュースの元でポップ路線を走ってきたリンダだが、この1作で新たなファンを獲得したのは事実で、後のリンダのキャリアの幅を広げるキッカケになった重要な作品だ。
ローズマリー・クルーニー&ペレス・プラード/タバスコの香り

これはまた珍しい顔合わせの作品だ。
これは1959年の作品なので私はリアル・タイムで聞いていた訳ではないが、後年リイシュー作品としてレコード会社のリストに載っているのを見るや、たちまち欲しくなってしまった作品だ。
ローズマリー・クルーニーとマンボの王様と言われたペレス・プラードのコラボレーションが楽しくないワケがないではないか。
案の定この作品は非常に私の好みに合って、聞くことが多いものとなった。1959年録音のわりには音も良くて気になる部分は少ないし、管の音が全体をキリッと締めて心地良く、何と言っても踊り出したくなるようなリズムがたまらなく楽しい作品だ。
ビング・クロスビー&ローズマリー・クルーニーの楽しい音楽旅行

この作品をビング・クロスビーの傑作として推す人も多い1965年の作品。
タイトルが示す通り音楽で世界を回ろうという企画で、明るくて非常に楽しい雰囲気に満ちたアルバムだ。
これは私の個人的感想だが、カーペンターズなどはこうしたアルバムからかなり影響を受けたのではないかと思う。リチャード・カーペンターが自ら語っている事だが、彼らはペリー・コモやビング・クロスビーなどから影響を受けたそうで、他のどのアルバムよりもこの作品でカーペンターズに与えたと思われる影響を感じてしまうのだ。
ビリー・メイの指揮とアレンジにより全体がディキシーランド・ジャズっぽい仕上がりで、その辺も楽しい雰囲気に拍車をかけている。こういう豪華な雰囲気のするサウンドがアメリカ・ポップス界から消えて久しいが、そういう意味でも懐かしささえ感じる作品だ。
コニー・フランシス/アメリカン・ワルツ+イタリアン・ヒッツ

コニー・フランシスがアメリカン・ワルツとイタリアン・ヒットを歌ったアルバムを2in1にした1992年のコンピ盤。
特にアメリカン・ワルツの出来が出色で、1曲目の「アニバーサリー・ワルツ」から、一連のヒット曲とは違うコニーの魅力に引き込まれる。コニーもカントリー・アルバムやバディ・ホリーのカバーなど様々なアルバムをリリースしているが、私にとってはアメリカン・ワルツが最高の出来で、聞くことも多い。
考えてみるとどうも日本人にはワルツが似合わないようで、ワルツを歌って巧い歌手というのを聞いた事がない。
そこへいくと特にアメリカではインストでも歌物でもワルツというのが結構あって、比較的良い出来を示しているものが多いように思う。これは流れてる“血”の違いか?
フランク・シナトラ/クラシック・シナトラ

これは“クラシック・シナトラ”と題されたシナトラの1953年から1960年までのキャピトル録音を集めたコンピ盤。
シナトラはキャリアの長い人だったからその時代によって様々な表情を見せるが、私にとってはこの時期がいちばん好きで、シンプルでありながらバックのバンドの豪華さによって非常に華やかな雰囲気を併せ持つ。
その豪華な雰囲気を醸し出すバックだが、先のリンダ・ロンシュタットのアルバムでも才能を見せてくれたネルソン・リドルの指揮とアレンジによる楽曲が多い。私事だがニコラス・ケイジとブリジット・フォンダが共演した映画「あなたに降る夢」の中で、このアルバムにも収められてる“ヤング・アット・ハート”が流れてきたとき、もともとこの曲が大好きだった私は感動で全身に鳥肌が立ってしまった。ブリジット・フォンダの美しさとカメラワークの美しさ、そして音楽が見事にマッチした忘れられぬ映画になった。

ペリー・コモ/コモ・スイングス

アメリカの宝物とも言われたペリー・コモが軽快にスイングするジャズを歌った1959年作品。
ジャズ・ヴォーカルというとちょっと重くて私には荷が重いものも多いが、こういうポップ歌手のジャズというのはそういう本格的重々しさがなくて聞き易いのだ。つい先日若い女の子に「サラ・ヴォーン」は好きですか?と聞かれたが、どうもああいうのは苦手である。歌が上手いのもそして凄いのも良く分かるのだが、ウキウキと体が浮き立つような楽しさはない。この作品でも元来ポップ歌手のペリー・コモはその辺を考慮してかポピュラー寄りの軽めの楽曲で構成されている。ただペリー・コモがプロになった頃はジャズの全盛期で、ジャズの素養は自然と身につけていったようで、単なるポップ歌手のジャズカバーとは一線を引く作品だ。
ナット・キング・コール/恋こそはすべて

珠玉の傑作だ。何でこの人の声はこんなにも人の心を癒すのだろう。“天は二物を与えず”とは良く言われる言葉だが、この人に限ってはこの言葉は当てはまらない。ジャズ・ピアニストとしての腕前もなかなかで数々の録音を残しているが、やはりこの人は歌手としての名声の方が圧倒的に大きいと思う。
このアルバムは巨匠ゴードン・ジェンキンスの指揮とアレンジのもと、素晴らしい歌声と楽曲が満載された名盤と言える。特に「恋に落ちた時」や「スター・ダスト」の素晴らしさは時を越えて現在に生きる名曲・名唱だ。
バックの演奏も素晴らしく、こういう豪華絢爛・ゴージャスなアレンジと指揮はゴードン・ジェンキンスの真骨頂を見る思いで、ひたすら優しく音楽に浸れる。
ナット・キング・コール/ライブ・アット・ザ・サンズ

ラスベガスの“サンズ・ホテル”に於ける1960年のライブ作品。
前出のスタジオ盤よりもスイングしたステージが楽しく、ジャズ・シンガーとしてのナットの魅力が聞ける作品。
より強くジャズという色を出そうとしたのか、このアルバムには「スター・ダスト」などの作品は収録されてなくて、スイングするナンバーが多い。バックのバンドも前出の“ゴードン・ジェンキンス”とは全く違うサウンドで、ひたすら軽快なジャズの雰囲気を聞かせる。こうなると一連のヒットナンバーなども聞きたかったと思うが、でもナットの巧さは充分に伝わってくるし、ピアニストとしての一面も見せてくれるのが嬉しい。
ナタリー・コール/アンフォゲッタブル

別に意識したワケではないのだが、ナット・キング・コール関連の作品が3枚になってしまった。
これはナットの愛娘、ナタリー・コールが父親のナンバーをカバーした1991年作品。
父親ナットほどの味わい深さなどは望めないが、それは望むのが無理というもの。
これは名盤といっていいと思う。ナットが残した名曲の数々を現代流のアレンジと演奏で軽快に聞かせる優良ヴォーカル・アルバムだ。どの楽曲も素晴らしいが私の思い入れも含めて言えば“大人達は私達の恋をまだ早いと言うけれど・・・・”と歌われる「トゥー・ヤング」がシットリと私好みの歌唱だ。他に現代の技術で実現したナットとナタリーの共演「アンフォゲッタブル」も実に素晴らしい出来。
この作品と同じコンセプトで製作された「スター・ダスト」(1996)も良い。
アニタ・カー・シンガーズ/ウィー・ディグ・マンシーニ

たぶん私が生涯大切に聞き続けるであろうアルバム。
チェット・アトキンスのプロデュースのもと、アニタ・カー・シンガーズがヘンリー・マンシーニの作品をカバーしたアルバム。チェットのギターが聞けるワケではないが、全体的な雰囲気としてはチェットのカラーで統一されており、疲れた時に身を任せられるような優しさに溢れた名盤だ。ヘンリー・マンシーニといえば映画音楽であるから、たとえば「子象の行進」みたいな曲も含まれていて、こういう曲はそれほどでもないのだが、それらの曲に挟まれて収められた「ディア・ハート」などの楽曲がとにかく素晴らしい。他に「酒とバラの日々」「ドリームズヴィル」「トゥー・リトル・タイム」「ザ・スイートハート・ツリー」などの出来が素晴らしいのだが、残念ながら未CD化。