ポール・マッカートニー
ライブ・アット・ザ・キャバーン・クラブ

Honey Hush
Blue Jean Bop
Brown Eyed Handsome Man
Fabulous
What It Is
Lonesome Town
Twenty Flight Rock
No Other Baby
Try Not To Cry
Shake A Hand
All Shook Up
I Saw Her Standing There
Party
コロンビアミュージックエンタテイメント株式会社
COBY-91018
2002.12.11発売

音声フォーマット :DOLBY DEGITAL STEREO
           DOLBY DEGITAL 5.1サラウンド
           DTS 5.1サラウンド
Bonus: 2 Music Videos
     22 Minute Video Interview
     Band & Cavern Club Biographies 


これは1999年12月14日、ポールにとっては懐かしくも忘れる事のできない場所、リバプールのキャバーン・クラブで行われたライブを収録したDVDだ。
この年の10月に発売されたアルバム「ラン・デビル・ラン」はポールが原点に回帰したアルバムとして話題を集めたし、私の個人的思い入れもあって好きなアルバムだ。
ある年齢に達すると人間は誰でも原点に回帰したいという思いを持つものらしい。
成功を収めた音楽家がある時期にこういったコンセプトのアルバムを出す事はさほど珍しい事ではないが、自身が無名時代に活動していた場所(今回ライブが行われたキャバーン・クラブは正確には昔と同じ場所ではないようだが・・・)に戻っての、しかもライブというのは異例な事ではないだろうか。
あまりそういう例を聞いた事がない。
亡くなったジョン・レノンも1975年に「ロックン・ロール」という同じようなコンセプトのアルバムをリリースしていて、収録曲は魅力的なのだがどうも今ひとつの出来という印象を私は抱いてしまった。
だから現役で“ロックン・ロール”を歌える数少ないシンガーとしてのポールに寄せる私の期待は大きかった。
まして実際にライブが行われる会場がポールにとっても想い出深い会場という事になれば、その期待度はますます高まろうというものだ。
この日、歴史的なライブを見ることが出来たのは約350人の幸運なファンだけであったが、このステージはリアルタイムでインターネット中継され、世界中で350万人もの人が見たという。
しかし、その時点でインターネット環境が整っていなくて涙を飲んだ人や、今よりも遙かに通信環境が遅かったネットでの視聴に満足できなかった人も多かった筈だ。
実際にはこの日の模様は翌年テレビ放送されたが、深夜にオンエアされた事などから知らなかった人も多いようで、そんな人達にも、そしてテレビやネットで中継を見た人にも今回のDVD化は嬉いものだ。
この日に演奏された曲は先に発売されていた「ラン・デビル・ラン」からの選曲が中心だが、それ以外にも演奏されている。
中でも「これを歌えたからバンドに入れてもらえた」という前フリで演奏される「Twenty Flight Rock」や、ビートルズ・ナンバーの「I Saw Her Standing There」などは特に興味深い。
この日ポールはビートルズ・ナンバーは演奏したくなかったというが、初期の曲ならということで「I Saw Her〜」が選ばれたようだ。
この曲はポールとジョンの想い出の曲らしく、その辺の経緯がボーナスのインタビューで語られている。
この曲に関しては1974年のエルトン・ジョンのアルバム「エルトン・ジョン&ジョン・レノン ライブ!」の中でも「昔、僕を棄てたポールの歌」というような意味の発言をしてジョンが歌っているが、この曲に対する二人の思い入れが伝わるような話で面白い。

そしてこれはポールだからこそ成し得る事なのだろうが、この日の演奏を盛り立てるバック陣が凄い。
特にピンク・フロイドのギタリスト“デヴィッド・ギルモア”と、ディープ・パープルのドラマー“イアン・ペイス”の参加は特筆ものだ。
ギルモアに関していえば、昔の彼からは想像できなかった事だ。
ロング・ヘアーを風になびかせて神経質そうな顔でストラトを抱えていた時代には、こういったコマーシャルな音楽を演奏する事は想像が難しかった。
「エリック・クラプトンがヴォーカリストに成り下がってしまった今、ブリティッシュ・ブルース・ギターを継承するのはギルモアだけだ」というのはある評論家の発言だが、クラプトンがヴォーカリストに成り下がってしまったかどうかの議論はともかくとして、ギルモアがブリティッシュ・ブルース・ギターの系譜を受け継ぐ貴重なギタリストであるというのは間違いないと思う。
ピンク・フロイドのメンバーとしての活動だけだった時にはギルモアのギタリストとしての評価は決して高いといえるものではなかった。
私個人としてはアルバム「おせっかい」に収録の“エコーズ”後半部で聞けるクリアなストラトの音や、「狂気」での“マネー”、そして「あなたがここにいてほしい」に収められた“狂ったダイアモンド”でのプレイなどかなり好きで、大好きなギタリストの一人なのだ。
これらのピンク・フロイドのメンバーとしての活動と、様々な方面に出没したブリティッシュ・ブルース系のプレイで徐々にギタリスト“デヴィッド・ギルモア”の評価は高まっていったのだ。
そうした彼の活動があったからこのライブでポールのサポートを務めているのを見てもそんなに違和感はなかったが、ピンク・フロイドからいきなりポールのサポートだったらファンは大いに驚いたに違いない。
話をこの日のライブに戻すが、ここで聞けるギルモアのプレイは不思議な位に“ロックン・ロール”している。
ギルモアは時代的には“ロックン・ロール”第2世代という事になるのだろう。
従ってここで聞けるプレイは第1世代のプレイヤーのそれとは明らかに違うものだが、世代が近いせいかグルーブ感は充分でパワーに満ちた演奏になっている。
塗装の剥げたオールド・エスクワイアの音は良く、ピンク・フロイドの時とは違うギルモアのギターが聞けるという意味でもこの作品は価値がある。
まさかデヴィッド・ギルモアがリック・ネルソンの“Lonesome Town”をハモる姿を見る事があるとは思わなかった。

ポールの歌は当然良い。
本当に残念な事だが今のロック界でこういうロックン・ロールを歌える人は本当に少ない。
言うまでもなくビートルズのメンバーとしてのポールは最高峰まで登り詰めた稀有なロック・ミュージシャンだが、同時にロックン・ロール第1世代の歌を上手く歌えるシンガーとして貴重な存在だと私はずっと思ってきた。
これはテクニックではない。
彼の生活や音楽体験、そして何よりも彼が生きた時代から自然に身に付いたものだと思う。
ストレートでシンプルな、いやそれだからこそこの日に演奏された音楽には凄いパワーとドライブ感がある。
1980年頃からの録音技術の進歩は目覚ましく、レコーディングで小細工をするようになって、音楽から生気が失われたような気がする。
この日のライブのような何の小細工もないストレートでシンプルな音楽表現がいちばんパワーがあり、尚かつ演奏者もリスナーも楽しいのだという事を証明してくれるようなソフトだ。
映像はきれいだし、ボーナス・トラックとしてポールのインタビューやレコーディング風景なども収められているので、テレビ放映を録画した人でも買う価値はある。

これが本文中で触れた1974年のエルトン・ジョンとジョン・レノンの共演ライブ・アルバム。
ジョンは“真夜中を突っ走れ”“ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズそして“アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア”の3曲を歌っている。
ファンなら承知の事と思うが“アイ・ソーハー〜”は本来ポールの持ち歌だから、「今まで歌った事がないけれど」と言って歌い始める。
この辺の事情はポールのDVDに収められたインタビューと照らし合わせて見ると面白い。
このアルバムの目玉は勿論ジョン・レノンとの共演だろうが、エルトンのアルバムとしてもなかなか良いものだ。“ユア・ソング“ホンキー・キャット”“ダニエル”“クロコダイル・ロック”などエルトンの人気曲も収められている。
中でもユア・ソングは歌詞の一部を変えて、ニュー・ヨークのご当地ソングにしており、その部分でオーディエンスが湧いているのがわかる。
このビデオ作品の元になったCDで、タイトルは「Run Devil Run」。1999年に発売されている。
ビートルズ参加以前にポールが夢中で聞いたと思われる古い曲を楽しそうに演奏している。
全15曲収録されているが、全ての楽曲がキャバーン・クラブのライブで演奏された訳ではないし、またCDに収められていない曲もライブでやった。
どちらが良いか判断するのは難しいが、演奏に活力があるのは当然ライブの方。
私の個人的見解だが、今のロック・シーンでロックン・ロールをそれらしく歌えるのは、ポールとCCRのジョン・フォガティだと思う。これはあくまでも私の好みの問題だと思うが、他には思い付かないのだ。
CDでもギルモアのギターがタップリ聞けるので、ギルモア・ファンにも必携のアルバムだし、ディープ・パープルのドラマー、イアン・ペイスのドラミングが聞けるのもパープル・ファンの私には嬉しい。