Johnny Smith
カレイドスコープ

kaleidoscope 1.Walk Don’t Run
2.Old Folks
3.Days Of Wine And Roses
4.The Girl With The Flaxen Hair
5.My Foolish Heart
6.By Myself
7.I’m Old Fashioned
8.Sweet Lorraine
9.Choro Da Saudade
10.Dreamsville 

ジョニー・スミス。この名前を聞いてピンとくる人は意外に少ないのではないかと思う。
ショー・ビジネスの世界では必ずしも実力のある人ばかりが成功するとは限らなくて、充分な力を持っていながらも、運を掴めずに低迷している人も多い。
ジョニー・スミスは必ずしも低迷していたワケではないが、その実力のわりには名前が今ひとつ、特に日本で浸透していない名ギタリストだ。
今の若い人達はどうかわからないが、かつてエレキ少年だった中高年以上の世代の人達だったら、ベンチャーズの「WALK DON'T RUN」は殆どの人が知っているに違いない。
そう、ジョニー・スミスはその「WALK DON'T RUN」の作者なのだ。
しかし、今や中年になってしまった私でさえもジョニー・スミスをリアルタイムで聞いていた訳ではない。
ジョニー・スミスのLPレコードを辛うじて手に入れたのは、20歳前後の時だったと思うが、その時に入手したのは1968年にヴァーブからリリースされた「PHASEU」であった。
ここに収録されていたボビー・ヘブのヒット曲「SUNNY」は2分39秒ほどの短い曲だったが、それは私を感動させるに充分な演奏であった。
しかし、結果的にはこの時手に入れた「PHASEU」が実質上、彼の最後のリーダー・アルバムになってしまった。初めて手に入れたジョニー・スミスのアルバムが、ジョニー・スミスのミュージシャンとして晩年の作品であった事から、それ以前の、特に「WALK DON'T RUN」が収録されたアルバムが欲しかったのだが、当時はついに入手する事が出来なかった。
そんなワケでここに紹介する「カレイド・スコープ」を入手した時には、小躍りせんばかりに喜んだものだ。
しかし、残念な事にここに収録されている「WALK DON'T RUN」は1967年の録音で、元々は1954年に制作された「IN A SENTIMENTAL MOOD」というアルバムに収められているのが最初の録音なのだ。1954年の録音のものは私もまだ聞いたことがなくて、奥歯にモノが挟まった時のようにもどかしい気分だ。
しかし、ジョニー・スミスの出世作として語られる事の多い「ヴァーモントの月」や、その他の同時代に録音された何枚かのアルバムは、後のヴァーブ盤との比較でいうなら、私は圧倒的にヴァーブに残されたアルバムの方が好きだ。
何故ヴァーブ盤なのかというと、それは選曲などの問題もあるのだが、何よりもヴァーブ盤の方が録音がいいのだ。
それにジョニー・スミス自身の洗練度も大いに増して、特にギター・ミュージックという観点から捉えた場合の完成度の高さは、ルーストに残されたものを圧倒していると思う。
特にスロー・ナンバーに於ける和声展開の美しさには特筆すべきものがあり、そういう音の響きを聞くには録音がいい方が良いに決まっている。
あともうひとつ、ピアノのハンク・ジョーンズの存在を忘れるわけにはいかない。
よき相棒に恵まれるというのはとても大切な事で、ウェス・モンゴメリーとウィントン・ケリー、タル・ファーロウとエディ・コスタ、ジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリ、そしてジャズではないがビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーなど、挙げたらきりがない。
そしてこれは多分に私の好みの問題なのだが、どうもギターというのはピアノと相性がいいようで、いいピアニストに恵まれたギター・アルバムには良いものが多いような気がする。
そんなワケで50年代録音も聞きたいと思いつつ、取り敢えずは本作収録のテイクで満足している次第である。
さて「カレイド・スコープ」に収められた曲であるが、リストを見てもらえばわかるようにかなりバラエティに富んでいる。
「WALK DON'T RUN」から始まって、「酒とバラの日々」「亜麻色の髪の乙女」「マイ・フーリッシュ・ハート」など、マンシーニ、ドビュッシー、ビクター・ヤングと多彩だ。
前述の「PHASEU」でもそうだったが、ジョニー・スミスにはこういったムード音楽っぽいというか、ポピュラー音楽寄りの作品の方が持ち味を活かせていいような気がする。
もちろん出世作となったスタン・ゲッツと競演の「ヴァーモントの月」も決して悪くはないのだが、特にギター・ミュージックという観点から捉えたら、圧倒的にこちらの方がお薦めだ。
「WALK DON'T RUN」はベンチャーズが放ったヒットとして有名であるが、ベンチャーズ以前にはチェット・アトキンスも取り上げており、それは「HI-FI IN FOCUS」というアルバムで聞く事ができるが、現在は入手が難しい。
後にベンチャーズ自身が語ったところによると、ベンチャーズはジョニー・スミスのレコードを聞いたのではなくて、チェット・アトキンスのレコードを聞いてこの曲をレパートリーに加えたらしい。それも「とてもじゃないがチェット・アトキンスのようには弾けない」という事で、かなり簡単に弾いてしまった。それがヒットしたワケだから世の中何が起こるかわからない。
当時かなりカントリー的なアプローチを見せる事もあったベンチャーズが、ジャズ・ギター弾きのジョニー・スミスよりも、カントリー・ギター界の大御所であったチェット・アトキンスのレコードを聞いて刺激を受けたというのは、ごく自然な成り行きだったのかもしれない。
実際にこのCDを聞いてみるまでは、ジョニー・スミスが演奏する「WALK DON'T RUN」に関して、あれやこれやとずいぶん想像を巡らせた。
何人かのアーティストの演奏を聞いて、そして得た結論は、日本のエレキ・ギターの第一人者である三根信宏氏が在籍していたシャープ・ファイブの演奏がいちばんオリジナルに近いのではないかという事だった。
(注:私が持っているテープでは、この曲でのギターが実際に三根氏なのかどうか今ひとつ判別できないのだが・・・・)
シャープ・ファイブの演奏は聞き慣れたベンチャーズのものとはまったく違い、スロー・テンポでジャズっぽいアレンジが施されており、私はとても好きだった。
ジャズっぽいアレンジであるというただ一点から単純にこの演奏がいちばんオリジナルに近いのではないかと早合点してしまったのだが、事はそう単純ではなかった。
いや、単純だったと云うべきか?
ジョニー・スミスの演奏は私の予想とは違っていたが、全く期待を裏切られる事はなかった。
このようにあるひとつの曲を違うプレイヤーの演奏で聞いた場合、どうしても先に聞いた方が耳に馴染んでいて、後から聞いた方に馴染めないという事も時々ある。
しかし、この演奏に関してはまったくそういう事はなかった。
すんなりと耳に馴染んでしまい、まるで長い間聞き込んでいたかのような錯覚さえ覚えた。このアルバムに収録された他の曲もそうだ。
取り上げている曲がスタンダードといってもいいような曲だったり、映画音楽だったりして、多かれ少なかれ私たちの耳に馴染み深い曲が多かったという事もあるだろうが、やはりここはジョニー・スミスのセンスの良さを称えるべきであろう。目を見張るような早弾きや、トリッキーなプレイがあるワケではなく、ただ淡々と正確なピッキングで奏でられる美しい音は、芳醇な膨らみを持っている。
この人のプレイを表現するなら「音を紡ぐ」というような感じになると思うが、たった一言で言い表すならばそれは「端正な美しさ」という事になると思う。
律儀と云ってもいい。
それは近衛兵が隊列を組んで歩を進めるとき、角を直角に曲がるのに似ている。こう書くと誤解を受けてしまいそうなので敢えて云っておくが、ジョニー・スミスのギターがその行進のように硬いと言っているのでは決してない。
相反するようだが、彼のギターにはそうした実直さと柔らかさが同居していて、その絶妙なバランスの上に成り立ったものが、サウンドの骨格を形成しているのだと思う。
前にチェット・アトキンスが「WALK DON'T RUN」をカバーしていると書いたが、特にチェットのスローなナンバーを聞いていると、ジョニー・スミスの影響が見え隠れする事がある。
和声の巧みな展開はもちろんだが、二声三声を駆使したメロディ・ラインの進行で、どの音も淀みなく弾ききる事が出来るというのはこの二人に共通している。これはもちろん完璧なピッキングあっての事でおいそれと簡単に習得できるワザではない。
チェットの初期の作品にはレス・ポールやジャンゴ・ラインハルトの影響をもろに感じさせる作品があって、そんな中でこんなにも美しい音を奏でるジョニー・スミスの影響を受けたとしてもまったく不思議ではない。
事実日本では今ひとつ人気が盛り上がらないジョニー・スミスであるが、ギブソン社からシグネイチャー・モデルである「ジョニー・スミス・モデル」のギターが発売されたのは1961年の事である。今でこそシグネイチャー・モデルは珍しくも何ともないが、1961年といえば日本ではまだエレキ・ブームのずっと以前の事である。そんな時代にシグネイチャー・モデルが出るというのは凄い事なのではないかと思うし、ジョニー・スミスの存在の大きさを伺い知る事ができる。
どんなギタリストでも簡単にシグネイチャー・モデルが出来てしまう今とは時代が違うのだ。
4曲目のドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」ではジョニーの無伴奏ソロを聞く事が出来る。
ギター1本のソロというとジョー・パスが1973年に発表した「Virtuoso」が有名であるがジョニー・スミスのそれはジョー・パスとはかなり趣が違う。
どう違うかは自分の耳で確かめて頂きたいが、何れにしてもギター・アルバムとして充分に楽しめる事だけは確かである。
最近古い音源が色々とCD化される事が多いが、ギター物に関しては人気が低いのか発売の数が少ないよう感じられ寂しい限りだ。
ジョニー・スミスが脂がのりきっているヴァーブ盤のリリースを期待したい。