Chet Lag
Tommy Emmanuel & Jim Nichols

01 Avalon
02 Trambone
03 Nine Pound Hammer
04 Moms Rag
05 Lover Come Back
06 House of the Rising Sun
07 Crazy Bout You
08 Birth of the Blues
09 Blue Moon
10 Whos Sorry Now
11 Anytime
12 I'll See You in My Dreams
13 Stomping at the Savoy
adalt records
adalt 0103

「チェット・ラグ」とは気になるタイトルを付けてくれたものだ。
こういうCDを発見してしまうと気になって夜も寝られなくなってしまうので困る。
それにどういう因果かこういうCDに限って入手が難しい事が多い。
チェット・アトキンスのファンならトミー・エマニュエルの名前は特別に耳新しいという事もないと思うのだが、一般的にはまだまだ認知度が低いようで、都心の比較的大きなCDショップに行っても本作は言うに及ばず、トミー・エマニュエルのCDを見つける事さえ困難だった。そんなワケで私もこのCDを入手するまでには、少なからず時間と手間、そして本当に手に入るのかな?という不安を持っていた。
しかし、そうして手に入れた本作は入手にまつわる苦労など吹き飛ぶ程良いものだった。

このアルバムではタイトルが示す通り、チェット・アトキンスのレパートリーを中心にまとめられたもので、1997年に何とドイツからリリースされている。
オーストラリア出身のギタリストがアメリカの音楽をやり、そのCDがドイツから発売されているのだから、入手が難しいのは当然なのかもしれない。
トミー・エマニュエルとチェット・アトキンスの関係というと、まず第一に語らなければならないのが1997年に発表された「The Day Finger Picker Took Over The World」だろう。
この時チェットは既に齢73才に達していて、そのプレイからはかつてのような力強さは感じられず、もっぱらトミーに華を持たせたような演奏が多かった。
今から振り返ってみるとそれは恰もトミーに後を託したようにも思えるし、加えてこのアルバムがチェットのラスト・アルバムになってしまったという事が余計に感慨深い印象を与えるのだ。
しかしながらチェットのギターが占める割合が低いとはいえ、「The Day Finger Picker〜」はある意味でチェットのラストに相応しいアルバムであるとも云え、前作の流れを汲んだような雰囲気の暖かさが全編を包んだ味わい深い作品に仕上がった。
これは個人的な感想だが、トミーの過去のアルバムには何かまとまりに欠ける雰囲気のものがあった。
1枚のアルバムの中にシャドウズのコピーから、カントリー色の濃いアコースティック・インスト、果てはモーツァルトのカバーまでやるという凡そコンセプトの感じられないものがあったりしたのだ。
もちろんこれだってそれなりには楽しめるし、トミーのギター・テクニックを知る上では決して無意味ではないのだが、聞き終わった後に今ひとつ充足感が得られなかった。
こういう事はトミーに限らず、バンドのギター弾きとしてではなく一人のギタリストとして名を売ってきたプレイヤーに時折見受けられる現象だが、「凄いな」という印象は残るものの繰り返し聞こうという気分になれないのである。
ロイ・ブキャナンは好きなギタリストの一人であるが、何枚かのアルバムを通して聞いてみるとブルースからカントリーまで幅広く演奏してしまう技量には驚かされるが、散漫な印象を受けるのもまた事実であると思う。
一言で云ってしまえば「器用貧乏」というヤツである。
そういう意味でこれまで今ひとつまとまり感が薄かったトミーのアルバムの中で、「これでもか!」という感じでドォーンと迫ってくるのが本作品で、トミー・エマニュエルとジム・ニコルスの二人のギタリストによる、アコースティック・ギター・デュオで構成されているアルバムだ。
曲に関しては語る必要もないほどの曲が多いが、流麗でテクニカルなギター・ワークはチェットが若い頃の「ゴリ押し感覚」にも似て微笑ましい。
また曲によってはチェットというよりも、ジャンゴ・ラインハルトのホット・クラブ五重奏団にも似たイメージで、ジャンゴ好きな私には嬉しいグルーブだ。
どういうワケかチェットのフォロワーといわれる人達の演奏を聞くと、力感に欠ける演奏をしている人が多く、それが私にとっては大いなる不満なのだが、「チェット=静か」とか「チェット=女性的」などというイメージでもあるのだろうか。
もしそういうイメージを抱いているとしたらそれは大きな間違いで、チェットの力強さは他に類を見ないほどなのだ。
特に親指の力強さをチェット並に聞かせてくれるフォロワーの演奏は聞いた事がない。
そういう意味ではここで聞けるトミーの力強いプレイはチェットのフォロワー第一人者に挙げても良いと思うのだ。
5曲目の「Lover Come Back」の最後の方で聞けるパーカッシブなプレイは豪快で気持ちよい位だ。
だがこの作品を聞いていて私が何よりもチェットの面影を感じるのは、ギター・プレイそのものよりもメロディの取り方の美しさだ。
チェットのプレイを際だたせているのは、孤高といっても良い位の圧倒的なテクニックである事は誰もが認める事だと思うが、音楽的な租借力の豊かさという点に於いてもチェットの能力は抜きん出ている。
そういう意味でここで聞けるトミーのプレイはチェット並とまでは行かないまでも、かなり良い雰囲気である事は確かなようだ。
前出の「Lover Come Back」などもそうだが、コニー・フランシスなども歌っていた古い曲「Whos Sorry Now」や12曲目の「I'll See You In My Dreams」などでそういう部分の良さは顕著だ。
この作品はギター2本のみによる作品という事もあって、チェットとレニー・ブローが残した「Standard Brands」に感じが似ていなくもないが、これは正しくトミー・エマニュエルにとっての「スタンダード・ブランズ」なのではないかと思うのだ。
トミー自身がその辺を意識してこの作品を作ったかどうか分からないが、チェット・ファンのみならず多くのギター・ファンに聞いて欲しい作品だ。
冒頭で述べたようにこの作品をCDショップの店頭で見かける事はないが、興味がある方は入手を試みてはいかがだろう。
敢えて断言しよう。この作品はアコースティック・ギターの傑作だ。